空は晴れている。美しい快晴だ。
悠子は悠司の家に来ていた。悠司は一人暮らしをしている。マンションの四階で、室内はあの時のラブホテルよりも大きかった。部屋は居間が二つと台所、風呂場とトイレの計五つで、全室フローリングだった。悠子は悠司の部屋に入った時、男の人はこんなにも綺麗好きなのだろうか、と思った程、室内は綺麗だった。そして、悠司のいつも吸っている煙草の香りが染み付いていた。悠子はその空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
二つの居間の内の一つの部屋には、テレビとステレオとベッドが置いてある。もう一つの居間に洋服棚やテーブルが置いてある。悠子は自分の家から持ってきた服や化粧用品などをテーブルのある部屋に置いた。
悠子はもう自分の家に戻る気は無かった。だから、身の回りの物を一切合財持ってきたのだ。悠司もそれを快く受け入れてくれた。
「戻らないつもりなんだろう?」
悠子の荷物を片付けながら、悠司は悠子に訊ねる。
「ええっ。しばらくは戻らないと思う。あなたも、戻ってほしくないでしょう?」
「ああっ」
悠司は恥ずかしげに微笑み、そう答えた。
「今日からは、ずっと一緒だからね」
悠司の肩に自分の頬をすり寄せながら、悠子はいじらしく破顔した。
その日の夜。二人は一緒に風呂に入った。二人が一緒に湯に浸かると、僅かに湯が零れた。
「ねえ、早くキスしてよ」
全裸の悠子は悠司の首に手を回して、呟く。悠司は小さな含み笑いをすると悠子の腰に手を回し、悠子の体を自分の体に密着させると、力強い口付けを交わした。もう舌を入れる事に何のためらいも無かった。舌の先で悠子の歯並びを確かめ、奥から溢れ出る唾液をすくい、飲み込む。悠子も悠司の歯の味を舌先で感じ、泡立った唾液を自分の口に流し込む。
口付けを終えると、悠司は顎から首筋へと舌を進めていく。湯で赤く上気した悠子の肌は、舌で触れるとピクリと反応する。悠司はそれが面白くて、何度も首筋を舐める。悠子の首筋からは、石鹸の香りなど無く、蒸せる汗の香りがした。悠司はその香りが好きだった。悠司が舌を這わせる度に、に悠子は小さな吐息を吐き出し、悠司の髪の毛を乱暴に撫でる。
悠子の首筋を舐めながらも、悠司の手は腰から胸へと移動していく。豊かな膨らみは湯の中でプカプカと浮いていて、悠司の手にすっぽりとおさまる。強く揉みしだくと、人差し指と中指の間の乳首がゆっくりと立った。
「‥‥」
「‥‥」
あのラブホテルの情事。あれが悠司と悠子の人生を変えた。
初めて女の中に自分のモノを没入させた感触、初めて男のモノを受け入れた感触、それは今まで二人が感じた事の無い、新しい感触だった。その瞬間に、二人は強烈のその瞬間に現実感を持った。悠子を女として意識した悠司、悠司を男として意識した悠子。二人は急に顔を赤らめ、今こういう事をしている事がとてつもなく恥ずかしく感じた。しかし、それでも悠司は挿入をやめようとしなかった。自分の体が揺れる度、ドクンドクンと心臓が高鳴り、モノが充血して、止められなかった。悠子も止めてほしいとは思えなかった。何もかもが満たされている気分だった。目の前の男が額に汗の玉を浮かべながら、激しく腰を動かす。その度に言い知れぬ刺激が股から腰、背中、そして頭の脳天へと駆け抜けていく。
その時、悠子は現実というものを手でがっしりと掴んだように思えた。
「‥‥もういいよ」
湯の中で、荒い呼吸を繰り返しながら、悠子は言った。悠司は悠子の乳房から手を離し、
悠子の陰部に手を伸ばす。湯の中では、それが濡れているのかいないのか、よく分からなかったが、中に指を入れてかき回すと中は指が溶けるのではないかと思う程、熱くなっていた。
悠司は指を抜くと、自分のモノを中に突っ込んだ。悠子は悠司の肩に爪を立てて、その喜びを表す。悠司は悠子の腰を両手で掴み、あらん限りの力で上下に揺らす。湯が激しく波打ち、悠司はその快楽に酔い痴れる。視界が白く染まり、音さえ遠くなる。股間にだけ全ての意識が集中し、他の部分は何も感じなくなっていた。
悠子も股間にあらゆる意識が集まり、悠司の肩に爪を立てている事にも気づいていなかった。
この時だけ、この時だけ、二人は時の流れを早く感じる。どのくらいその行為を続けていたのかさえ、分からない。ただ、悠子も悠司も昇天の瞬間が近づいている事でしか、時の流れを感じなかった。
「‥‥イキそうだよ、私」
「俺もだ」
悠司の腰を持つ手に力がこもる。悠子の喉の奥から悲鳴にも似た嬌声が吐き出され続ける。その瞬間に、悠司は悠子の中に射精した。
二人は毎日、セックスをした。二人を邪魔するものは何も無い。昼間は悠司は仕事をしていたが、夜は何もかも忘れて悠子との情事に酔い痴れた。二人は生きる意味を手に入れた。それはセックスをする事。他に何も無い。互いを愛する事でさえ、セックスの次に考える事だった。
毎日、趣向を変えた。ある日は夜中の公園で、ある日は台所で。スカトロはやらなかったが、アナルセックスやソフトSMもやった。場所を変えたり、方法を変えたりして、二人は今自分がここで生きている、という実感に溺れた。
しかし、それも一ヵ月足らずの事だった。カーマスートラなどのセックスに関する様々な本を読んだりして、色々と方法を変えていったが、それも段々とマンネリ化していった。愛や、二人の生活に生の実感を感じられない二人は、それだけの理由で互いの関係が冷えていくような気がした。
ある夜の事だった。二人は食事を終えると煙草をふかしながら、ぼんやりとテレビを見ていた。テレビはつまらないバラエティ番組や、使い古されたパターンの恋愛ドラマなどをやっていた。二人はつまらない、と連呼しながらリモコンのボタンを押していた。
その時、教育テレビで「第二次世界大戦の悲劇」という番組がやっていた。大学の教授らしきおじさんが、当時のドイツの話をしている。二人はベッドに寝転がりながら、その教授の話に耳を傾けた。その話に、不思議に悠子と悠司は惹かれていった。
「大戦中、ドイツには“ソドムの街”という場所が存在していたと言われています。資料はありませんが、そこに行ったという男女が戦後、次々と現れ、その存在が明らかにされました。ソドムの街とは、エリート政治家や軍人が通っていたと言われる、いわゆる娼館で、若い男女がそこで様々な拷問やセックスを強要されました。普通にセックスを強要される者もいましたが、中にはホモセクシャル、レズビアンもいて、そのセックスの方法も様々でした。しかし、この街の本当の姿はこんなものではありませんでした。セックスは極一部の人間のみで、ほとんど者は殺されました。それも、焼きゴテを当てられたり、心臓を抉られたり、ペニスを切断されるなどの、快楽殺人によるものだったのです」
それを聞いた悠子は、言い知れぬ期待感を持った。それは悠司も同じだった。
「サディズムという言葉があります。元々これはフランスの作家、マルキ・ド・サド侯爵の名前“サド”がその語源だと言われています。しかし、そこにマゾヒズムが足され、その行為自体が更に過激になっていったのには、このソドムの街の影響があったという一説があるのです。これはあくまで一説ですが、相手を痛めつける事に快楽を覚え、また同時に相手に痛めつけられる事にも快楽を覚えるというこの行為は、ソドムの街以降、確実に過激になっていた事は事実です」
その後、テレビでその“ソドムの街”を描いた映画の紹介をしていた。その表紙は若い青年が軍服を着た男に、胸に真っ赤な焼きゴテをあてられて泣き叫んでいる光景だった。
「ねえ‥‥悠司」
悠子は上目遣いで、悠司の事を見た。悠司はにやけた笑いを浮かべながら、そんな悠子を見下ろす。
「‥‥やってみたいって、そう思ってるだろ?」
「うん」
「俺も、そう思ってた」
そこまで言うと、二人は煙草を灰皿に投げ捨て、立ち上がった。
二人はいったん出掛け、縄と鎖と手錠と、そしてナイフを買った。買った場所はいつも二人が行っている、いわゆる大人の玩具屋だった。今までそういう物に興味が無かったわけではなかった。しかし、バイブやディルドーなどを買った事はあったが、鎖やナイフを買ったのは初めてだった。
部屋に戻った帰った悠子は、悠司を全裸にしてベッドに寝かせ、両手に手錠をかけ、ベッドの柵に手錠のもう片方を付けた。そして、両足に鎖を絡ませた。手錠や鎖は悠司が動く度にカシャカシャと揺れた。
悠子も全裸になる。そして、ナイフを手にしてゆっくりと悠司の上に股がった。悠子は恍惚に濡れた顔をしている。それを待っている悠司の顔も、期待に満ちた顔をしていた。悠司のモノはその時既に勃起していた。
「‥‥私の名前を書くわ」
悠子は屈み、悠司の頬をベロリと舐める。その瞬間、悠子は悠司の腹にナイフの先端だけを沈ませた。
「あっ‥‥うううっ」
悠司は苦痛に歪んだ顔になる。その顔を悠子の舌がなぞる。その間も、悠子はナイフを動かしていく。悠司の「悠」の字を腹に刻み込んでいく。音も無く、銀色のナイフは腹の上を滑っていく。ナイフの通った跡には、真っ赤な道が出来ていて、そこから生暖かい血がドロリと流れ出ていた。ナイフが新しい道を作る度、悠司は体全体を震わせ、搾り出すような奇声を上げる。
「痛い? ねえ、悠司、痛いの? どういう風に痛いの?」
額から浮かんでくる脂汗を、悠子は丁寧に舐め取っていく。悠司は目を大きく見開き、
喉の奥からしゃがれた声をひねり出す。その目の先に、潤んだ目で自分の額に舌を這わせる悠子がいた。
「‥‥痛みがズキンズキンと体全体を覆ってる。流れる血が凄く暖かく感じる。痛いのに、
何だか嬉しい。痛みが走る度に、ここにいるって思える」
「そうなの‥‥」
悠司の「悠」の字を書き終えた。文字は、溢れる血でほとんど読めない。悠子はそこに舌を這わせる。ピチャピチャと音を立てて、悠司の血を舐め取っていく。顎や頬に血がつく事も構わず舐める。一瞬だけ、細い「悠」の字が見えた。しかし、血は止まらなく、すぐにまた見えなくなる。
「次、いくよ」
悠の字の下に、悠子は再びナイフを立てる。ナイフの先で腹の肉を押されると、その時出来た窪みに悠の字から溢れる血が溜まっていく。悠子はそれでもナイフを持つ手に力を込めた。しかし、力を込めすぎてしまった為、ナイフはさっきよりも深く刺さった。その衝撃で血が数滴、宙に舞った。
「あああああっ!」
悠司が手錠が千切れそうな程、暴れた。首に青筋を立てて、絶叫する。悠子はその口を強引に自分の唇で塞ぎ、その絶叫を胸いっぱいに吸い込んだ。悠子の乳房は悠司の腹に触れた為、赤く染まっていた。乳首はこれ以上立たないという程、固く立っていた。
悠子は悠司の歯を舐めながらナイフを僅かに戻し、文字を刻んでいく。悠司は段々と絶叫するのをやめ、やがて荒い息継ぎを繰り返すようになった。
「痛い‥‥。けど、気持ちいい。悠子‥‥悠子‥‥早く入れろ! 今なら、今まで一番いいセックスをしてやれる気がする。早くしろ!」
悠司は定まらない視線で、悠子に懇願する。悠司のモノはそれ以上ないという程勃起していて、ドクンドクンと心臓の鼓動と共に動いていた。悠子の陰部からも愛液がどろどろと流れていた。無数の濁った雫が滴れ、悠司の腹に落ちている。悠子はナイフを持ったまま、悠司のモノを自分の中に差し込んだ。悠子、という文字が、悠司の腹の上でうごめいた。
「ううっ‥‥あああ‥‥」
二人同時に、慟哭にも似た嗚咽を吐き出した。しかし、それは苦痛から出た言葉ではなく、新しい快楽に触れた快感からだった。
悠司の腹からは血が止まる事無く流れ続けている。悠司が悠子を突き上げる度、血は腹を伝って、ベッドに落ちていく。悠子は血だらけの悠司の腹に手を当てる。悠子の手が真っ赤に染まる。悠子はそれを体全体に塗りたくった。それはまるでペンキのように、悠子の体を深紅に染めていく。しかし、悠子はまで物足りず、持っていたナイフの刃を、自分の手の平に押し当てた。鋭い痛みが走り、悠子の手の平に一直線の血の線が出来た。悠子は自分の手を体全体になすりつけ、悠司の腹にもなすりつけた。
「悠司。私達、血まで一つになったよ。これでもう、絶対に離れられないね」
「ああっ、ああっ、一つになってるよ、俺達は。夢を見ているみたいだ」
悠司は息も切れ切れにそう答えた。自分で何と言っているのか、悠司自身よく分からなかった。しかし、悠子は確かにそれを聞いていた。
悠司の手の手錠と、足の鎖を外し、今度は悠子がベッドに寝た。悠司は縄を取り出し、それで悠子の手を頭の上で一つに縛り上げた。
「足は?」
「足はいいよ。手だけでいい」
腹から血を流したまま、悠司は答える。悠子は悠司の腹から溢れる血を見ながら、異様に興奮していた。これから一体、どんな事が起こるのだろう、とそう期待してやまなかった。さっき悠子は激しく昇天を迎え、悠司も悠子の中に射精をしたのに、数分もしないうちに興奮は再び沸き上がり、行為は続けられた。
「俺も、名前を刻みたい。いいか?」
「勿論よ、早くやって」
悠子は急かすように悠司に言う。悠司は悠子の陰部に二本指を入れ、中でメチャクチャに掻き混ぜる。さっきまでの昇天と、再び始まった行為で、中は愛液にまみれていた。悠子は身悶えして、体を魚のようにくねらす。悠司はそんな悠子に口付けをしながら、悠子の左の脇の下にナイフを沈めた。
「ああっ! 痛い! 痛い! あああっ!」
悠子は更に体をくねらし、身悶えする。あまりに動くので、悠司はナイフをいったん抜いた。
「痛いだろ? 悠子。とても痛い。でも、幸福だと感じないか? 何故だか分からないけれど、とても嬉しくないか?」
悠司は悠子の耳元で囁く。悠子は涙を流し、口の端から涎を垂らす。それでも、僅かに笑っていて、悠司の問いに、とても嬉しい、と答えた。悠司は再びナイフを悠子の体内に落とし、刃を進めていく。傷口から流れる血が、下に流れ、くびれた腰を伝っていく。
「悠子。お前、知ってたか? 俺達、名前の中に同じ漢字があったんだぞ」
「‥‥知らなかった。ああっ、もっと、もっと刻んで。決して消えないよう、強く、強く、強く‥‥」
互いの体から染み出る、汗の香りが室内に充満していた。閉めきったカーテンからは、何の光も入ってこない。電気のついていない室内は、黒くうごめく一つの大きなうねりだけが、不気味に光っていた。
悠司は悠子の脇の下に「悠司」という文字を刻み付けた。悠子が痛みと快楽で身をよじらす度に、その文字は形を変える。悠司はその文字から溢れる血を手ですくい、自分の体になすりつけていく。
悠司は悠子の縄を解いた。縄で縛られていた手首は、縄が食い込んだのだろう、赤いあざが出来ていた。悠司はそのあざを舐める。悠子はベッドに落ちたナイフを手に取り、悠司の背中に長い傷をつける。悠司が悲鳴を上げて、悠子の陰部に突っ込んでいた指を奥まで突き刺す。悠子は口を荒げ、更に悠司の背中に傷をつけていく。
二人は互いの血に塗れ、唇を貪り合い、陰部やペニスをさすり、暗闇の中でいつ果てるともなくうごめき続けた。終わりになどしたくない。二人はそう思っていた。これは永遠に続くんだ。まるで夢のようだ。でも、痛みは確かにあり、股間に感じる快感も確かに感じる。夢ではない。でも、夢の中にいるようだ。二人は互いに何をしているのかさえ分からないのに、その事だけを心の中で何度も反芻させた。
「夢を見ながら死にたい」
その言葉をどちらが言ったのか、それは誰にも分からなかった。
二人は血に塗れながら、一つになる。接合された陰部からは泡立った愛液が漏れ、二人の太股の血を押し流すほど、溢れていった。
二人は互いを傷つけ合う。背中だけではない。悠子は悠司の胸にハート型の傷をつけ、悠司は悠子の乳房にLOVEという文字を刻む。刻みながら、二人は狂ったように腰を降り続ける。接合部分に血が流れこみ、愛液と溶け合う。二人はそれを見て笑う。心の底から笑う。痛みが、快楽が、何もかも忘れさせてくれる。眠る事さえ忘れてしまう。
何時間、二人は傷つけ合い、腰を降った。いつまで経っても、二人は昇天へと導かれない。それが面白かった。いったい、いつ終わりが来るのだろう。そんな思う事さえ、二人にとっては楽しみになっていた。
ベッドは既にどこも血だらけで、白い部分などどこにも無かった。床にさえ血は飛んで、
薄茶色の床に真っ赤な点々が幾つも落ちていた。
二人は傷をつける事に夢中になっていた。今度は何を書こうか。もっと難しい絵を書いてみようか、もっと長い文章を刻んでみようか。奪い合うようにナイフを取り合い、互いの肉体のあらゆる部分に傷をつけていった。
悠子は悠司の背中に観覧車の絵を描いた。
悠司は悠子のもう片方の乳房に、明日は明日の風が吹く、と書いた。
悠子は悠司の太股にE・Tの絵を描いた。
悠司は悠子の尻に 愛とは決して後悔しない事だ、と書いた。
離れてくっつき、再び離れてはくっつく、二人の陰部は、終わらない行為の中でいつまでもたくましく立ち、いやらしく濡れていた。
悠司は悠子の乳首を口に含み、舌で転がす。悠子は血でベトベトになったナイフを舌で舐める。銀色の部分が見え、そこに映っていたのは知らない自分の顔だった。悠司が乳首を甘噛みする度、知らない女は目を細め、重い吐息を吐き出す。いい顔の女だ、と悠子は思った。
悠子の髪の毛は赤い。悠司が悠子の髪の毛をやたらめったら触れた為だ。どちらの血なのか、そんな事はもう分からない。悠司は悠子の顔を両手で掴むと、下に押し付けた。すると下半身全部が完全に埋まったような錯覚に陥る。
「あっ‥‥はあ‥‥」
悠子は声にならない声をあげ、悠司に抱きつく。傷口と傷口が触れ合い、血を交換していく。痛みを分かち合っているようだ。痛みと、そして快楽が二人の体を支配していく。
終わらない挿入に、次第に終わりが見え始める。
「イキそうだよ、悠司! 早く! もっと強く! あなたの事さえ忘れる程にイカせて!」
「ああっ、忘れさせてやる。死んだように忘れさせてやる!」
「あああああっ」
「ううっ」
悠司の体全体に鳥肌が立ち、悠子の体が激しい痙攣を起こす。ベットどころか部屋全体を揺れ、二人は二人だけの世界に堕ちていく。白く濁った思いがほとばしり、悠司は悠子の膣内で射精した。悠子は死んだように顔をガクンと悠司の肩に落とし、悠司は悠子を抱き締めたまま、力尽きるようにベッドに倒れた。
むせるような血の匂いと、二人の汗、愛液、ザーメンの匂いが、室内には残された。二人は本物の死体のように、倒れたまま、動かなかった。
悠子は煙草を吸っている。カーテンからは木漏れ日が漏れている。耳をすますと、小鳥のさえずりが聞こえた。
ふと悠子が気がついた時、悠司は死んでいた。全身につけられた無数の傷から血が流れ、そして流れ出て、少し固まっていた。顔はとても嬉しそうな笑顔だった。
残された悠子は不安で心で張り裂けそうだった。憂欝で、切なくて、やりきれなかった。煙草を持つ手を震えている。その手には「愛」という文字がいくつもあった。
これが最後の煙草になるだろう、と悠子は思った。
「今、行くから」
悠子は悠司にそう言った。返事は無かった。
「‥‥天国でも、また愛し合おうね」
そう言って、悠子は煙草を少し固まった悠司の血の中に浸した。そして、柄さえも血に染まったナイフを手に持ち、何の躊躇も無く、自分の喉に押し当て、力を込めて横に流した。
痛くはなかった。でも、まったく気持ち良くなかった。
終わり
あとがき
とにかくぶっ飛んだエロティック作品が書きたい! と童貞時代に書いたモノ(笑)。本気で読んでいる人を興奮させようと思って書く作品は大変だと思いますが、そうでないと自己満足の中途半端作品になってしまいがちです。なので、出来るだけ、「もっと!もっと!」という意思の元書きました。自己満足の域は超えたと思うんですけど、どうでしょうか?